競技者として第一線で活躍した
ランナーの森川千明さん。
プロ引退後「走ること」に違った角度から
向き合いながらも、懸命に切り開いた
セカンドキャリアとは。
多くのアスリートが悩む”引退後の人生”について、
先駆者に語っていただきました。
出身は新潟県です。中学で陸上を始めて高校卒業後に実業団に入りました。約10年プロとして競技に打ち込みましたが、選手として走ることに生活のすべてを費やし、それはそれは苦しい期間でした。あの頃は「早く走ること」が自分のアイデンティティーだったので、「早く走らなければ自分の居場所がない」とどんどん自分を追い込んでいきましたね。もうやりきったかなと思って引退した後、ふとしたきっかけで出場した函館のマラソン大会で優勝し、それがプロ引退後の転機となりました。
選手だった頃は1500m(2014年当時/日本歴代9位)と5000m(日本選手権2位)が専門でした。学生時代から約16年もの間、走ることだけを突き詰めてきたので「一度くらいはフルマラソンを走ってみようかな」と思って参加した大会でした。そしたら大会新記録(2時間46分)で優勝し、そこからランニング雑誌やメーカーの撮影などの仕事で声がかかるように。不思議なもので、スピードを追い求めるプロランナーを引退したら、また「走る仕事」が舞い込むようになったんです。
そこから世界各地のマラソン大会に呼んでいただいたりしたんですが、気がつけばまた自分の生活が「走ること」に追われるようになって「あれ?何か違うぞ」と。早く走ることから抜けだしたかったのに、また走ることに縛られているなと思って自分のセカンドキャリアを見直したんです。その頃ちょうどルルレモンのアンバサダーに選んでいただき、そのミーティングで「早くなくてもいいから、楽しく走れて、女性なら妊娠しても、子供を産んだ後もランニングができるようにバギーランのイベントを開きたい」と自分の思いを語っていたら「ああ、私がやりたかったことはこういうことだったんだ」と確信して。
私はもともと走ることが好きだったし、みんなにもランニングを楽しんでほしい。だから、その人なりの走り方があっていいと思ったんです。そこでさまざまな人が楽しめるようにいろんなランニングイベントを企画するようになりました。私は普段、ランニングコーチをしていますが、記録を伸ばしたい「エリート」、フルマラソンを4時間切るくらいの「ビーナス」、ママたちが集まるバギーランの「インフィニティ」などグループを分けて活動しています。早さを求める人もいれば、楽しみたい人、みんなで走って気持ちを分かち合いたい人・・・・・・目的はさまざまで、それぞれ自分の求めるゴールに向かっていく。それが、スピード一筋から抜け出した私の答えでした。
ランニングイベントで
走る楽しさを教えていきたい
寒い日のランニングウェアは、分厚いものよりも「薄着を重ねることがポイント」と森川さん。走っているうちに暑くなったらサッと脱いで腰に巻ける薄手のウェア、アームウォーマーは手首まで落としたりと、着脱しやすいアイテムを選ぶのがベター。
今は自分の会社を設立し、ランのイベントやオンラインセミナーを開くなど活動の幅を広げています。前からやりたかったのが「女性とランニングについて」。やはり、女性ランナーとして生理の問題はみなさん気になることだと思うので、例えば婦人科の先生を呼んで「生理と大会が重なってしまったら?」「生理のラン、みんなはどうしてる?」などの身近な悩みを相談できる場を作りたいなと。一人で悩むより専門家や同じ悩みを抱える人たちと話し合うことができれば、メンタル面もきっと軽くなるはずですから。
もうひとつ、続けていきたいのがチャリティ活動です。今年はずっと叶えたかったケニア行きを決行したんですよ!ケニアに元チームメイトがいるのでそのツテを辿ったんですが、モノがいつでも手に入らないケニアで消耗品のシューズはすごく喜ばれるんです。元チームメイトと二人、持てるだけ持って直接ランニングシューズを現地に届けにいきました。こういう活動を通してケニア人の暮らしぶりを見たり、自分の視野も広がりましたね。ケニア行きは定期的に続けていきたいと思うし、今後はバギーランイベントの参加費の一部をチャリティ活動に回そうと計画中です。
今は元プロランナーとしてコーチやランニングイベント、アスリート向けの治療院を開くなどさまざまな活動をしていますが、理想は私自身が、元アスリートの方にセカンドキャリアの方向性を示せるようになること。ランナーとして走ることを追求してきたのに「やめたら何も残らない」という現実をどうにかしたい、と思ってここまでやってきました。オリンピックに出るほどの選手は一握りですが、これまで真剣に走ることに向き合ってきた選手たちが、もっと自分のやってきたことを生かして次のキャリアを築けるようになればいいな、と。自分が少しでもその道筋を作って後に続く人の参考になれば、そんな嬉しいことはないですね。
森川千明
1987年新潟県生まれ。中学から陸上を始め、スターツ、ユニクロで実業団選手として活躍。引退後にフルマラソンに挑戦し、2018年の函館マラソンで大会新記録で優勝、2020年東京マラソンでは日本人8位を記録。現在は国内外大会のゲストランナー、スポーツブランドのアンバサダー、市民ランナーの指導など多方面で活躍。
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