空手家・多田野彩香
空手家・多田野彩香

旅する空手家・Ayaka
挑戦を続ける理由

空手の元日本代表選手にして、
現在はYouTubeチャンネル『OSS!!あやか道場』で
カラテキッズたちから絶大な人気を集めている
多田野彩香さん。
空手の「礼にはじまり礼に終わる」
という精神を愛すると同時に、
空手の動きを取り入れたフィットネス〈空手FIT〉や子供向けの〈空手教室〉などで
空手への入り口を広げている。
「やり続けることの大切さ」を知る彩香さんの
歩んできた軌跡とストーリーを巡ります。

4歳から空手を始めた、
そのキッカケは。

叔父が空手の先生で、祖父母の家の上に道場。小さい頃から祖父母の家へ遊びに行く度に道場を見学するような環境でした。そこで、稽古をしている先輩たちの姿を見て「空手の形(かた)って、カッコいい!」と思い、私の空手人生がスタートしました。
空手は数えきれないほどの流派があり、私は全日本空手道連盟に所属する4大流派のひとつ「和道流」に所属しています。
空手には「形(かた)」と「組手(くみて)」があり、級位や段位を示す帯の色は形で決まります。また、「競技空手」と「空手道」の面がありますが、競技人口としては、空手が好きでずっと続けている愛好家の方が多いと思います。私は幼い頃から試合には出ていたので、どちらかというと競技空手の中で育ちました。空手道は、一生をかけて知っていく、学んでいくものだと思っています。

空手一色の中で育ったのだと思いますが、
他のスポーツの経験や興味を持ったことは?

中学1年生の時に、陸上部に入りました。空手は道場に週2回通っていたので、部活との両立。陸上の朝練が苦手で朝起きられなくて遅刻しちゃうと、当たり前ですが先生に怒られるんですよね(笑)。結果的に陸上部は1年くらいで辞めてしまいました。
高校生の時は、密かにチアダンスもやってみたいと思っていました。チアもピシッピシッて動きにキレがあるじゃないですか、そこに空手と通じるものを感じたんです。あとジャンプも大好きなので、チアの高いジャンプにも憧れました。ダンスにも興味あるので、この先いつか挑戦したいと思っています。

現役時代の2019年から、
YouTubeチャンネル
『OSS!!あやか道場』を始められたそうですね。

2020年の東京オリンピックの代表に届かず、選手時代に所属していた会社も辞めてフリーランスになることを選びました。フリーになったら自分で何かを生み出していかないといけない。まずは自分のことを知ってもらわなきゃいけない、と思ったので、SNSを頑張らなきゃって。YouTubeは、オリンピックへ向けた空手のドキュメンタリー番組を制作していた方からお声がけいただいて、一緒にスタートしました。
空手の世界でSNSに関するルールが明確に決まっていたわけではないですが、伝統を重んじる空手道の世界ですから、保守的な意見ももちろんありました。当初は「そういう発信はどうなの?」という意見や「YouTubeはやめてほしい」という声も‥‥。でも、私は代表選手にはなれなかったけど、私の仲間が出場するオリンピックまでに、空手の認知度を少しでも上げていきたいという想いもあったし、私なりに真面目な目線で空手を広めたいという想いでYouTubeを投稿していました。

その頃と今では
周りからの反応は変わりましたか?

かなり変わりました。最初はSNSでの発信を否定的に思う人もいたと思いますが、今は、私の空手への想いが届き始めているのかなと。空手を頑張っている子どもたちが私のYouTubeチャンネルを観て私を知ってくれたり、「親子で観ています!」って言ってもらえたり。現役選手として日本代表だった頃よりも自分の認知度が上がっている実感があるので、不思議な気持ちです(笑)。
選手時代は、負けた時の周りの声や反応が怖くて、インスタグラムでも「私生活は公開しないほうがいい」と思っていました。今は、私という人間を知ってもらうために、「ありのまま」を発信しています。

武道という伝統を重んじる世界に
葛藤もあったのでは。

そうですね‥‥フィットネスウェアを着ていること自体「空手家としてどうなの?」という厳しい声もありました。
私は、空手には柔軟性も力強さも必要だと思いヨガを取り入れたのですが、その時の空手界にはヨガをやっている人はひとりもいなくて。私がやっていたアシュタンガヨガは、呼吸を連動させたポーズの順番が決まったメソッドがあって、空手の形に似ている部分もあり好きになったのかもしれません。ずっと空手で鍛えてきたのに、ヨガでは出来ないことがいっぱいあったんですよ。悔しかったし、同時に自分が出来ないことに挑戦することが楽しかったし、今でも常に出来ないことを探して挑戦しています。

「空手で強くなるなら、とことん空手の稽古をする」と考え方が基本なので、私がヨガをやっていることも「遊んでいる」と思う人もいたようです。最初はそんな状況に葛藤もありましたが、次第に空手仲間が「私もやりたい」と言ってくれた時には「これでいいんだ」と思えました。その頃、仲間4人でヨガをやっていたのですが、私以外の3人がオリンピックに出場し、「ヨガをやろう!」の言い出しっぺの私だけが代表権を逃したことは、今となっては笑い話ですが、当時はめちゃくちゃ落ち込みました。人生終わったと思ったし、もう何も考えられない‥‥1ヶ月くらいは何も出来なかったです。

でも、何もしない時間を過ごす中で「やっぱり、私は空手が好きだな」と再認識して、私が空手で伝えたいことって何だろうと考えたんです。それは、空手への入り口を広げていくことかなと。どうしても、空手道場って敷居が高いじゃないですか。そこで、空手の動きで、大人も子どもも一緒にできる簡単なエクササイズが出来たらと思い、<空手FIT>を考えました。

〈ソライロキッズカラテ〉では、
子供たちへの指導にも積極的ですよね。

自分も子どもの頃から空手を続けてきたので、「その先にどんな世界が待っているか」とか、「空手を続けた先にこんな楽しい人生があるよ」というのを伝えたくて、主な指導対象を子供にしました。
空手には厳しいイメージがあると思うんです。実際に稽古は厳しいし、私自身も空手を怖いと思いながらやっていたところもあります。私の場合は、何を言われても「やってやる!」という反発心と、負けず嫌いな性格で、乗り越えてきたと思います。
でも、厳しいのに耐えられなくて空手が嫌いになって、空手から離れていった人もいっぱい見てきています。道場が身近にある環境の私の3人の妹達もそうです。だから、「痛い」「怖い」って思う子にも寄り添える指導者でありたいなと。子供たちが自分からやりたいと思える環境を作りたくて。
「空手選手を育てたい」というよりは、「空手が好きで、空手を続けていける子を育てたい」と思うので、空手道場ではなく<空手教室>。教室に入った瞬間、みんなくっつき虫みたいにくっついてきて、本当に可愛いです。もちろん、楽しいだけではなく、厳しく接する時もあります。子供たちとの信頼関係が築けていれば、みんな素直に言うことも聞いてくれますし、メリハリつけた指導で空手の楽しさを知ってもらえたら嬉しいです。

アスリート達の社会貢献活動を推進する〈HEROs〉で、
能登半島の復旧復興活動にも
積極的に参加していますね。

〈HEROs〉は、中田英寿さんが発起人となってスタートした、アスリートがスポーツの力で社会課題に挑むプロジェクトです。私はまだ参加して2年目なのですが、被災地で子どもたちにスポーツを教えたり、被災地の方のお手伝いをしたり、「アスリートだからできること」を行なっています。
これまでは空手の人たちとしか交流がなかったのですが、〈HEROs〉は種目の垣根を超えてアスリートが集まっています。さまざまな人たちとの交流に中で視野も広がり、私自身たくさん勉強になっています。

つい最近は、
ノルウェーに行っていたとか‥‥。

初めてのノルウェーはプライベートな旅行で行っていたのですが、その時に現地の空手教室を紹介してもらいました。この春の2度目のノルウェー行きはその道場からの招待を受け、空手を教えてきました。英語が全く話せないので通訳してもらいながらでしたが、海外で空手を教えるという経験も大きな刺激になりました。

この夏からはオーストラリアへ留学。
挑戦が止まらないですね!

まだプランはゼロですが(笑)。以前から、ずっと留学してみたいという気持ちはありました。活動の幅を広げたい気持ちもあるので、今だ! と決めました。現地で出会った人と何が出来るのか、今から楽しみにしています。「世界中に友達を作ること」が、私の目標のひとつです。

改めて「空手の魅力」とは、何でしょう?

空手の「礼にはじまり礼に終わる」という精神は、とても素敵だと思っています。小さい頃から空手で教えられてきたことが、私の体に染み込んだ所作になっているなと。私は、空手が上達するのがわりと遅かった方なんです。でも続けていると、ふと「出来るようになった!」と自分で気づく瞬間があるんです。やればやるほど、ちゃんと出来るようになる。そんな「やり続けることの大切さ」は空手が教えてくれました。

最後にAND FLOWのコンセプトのひとつでもある
「もっと自分を好きになる」ための
秘訣を教えてください。

お互いを褒め合える友達がいるのって、すごく大事だなと思います。「うちらめっちゃ褒め合うじゃん(笑)」みたいなノリですが、なんだか気持ちが上がったり、嬉しい気持ちで家に帰れたり。自分のことも相手のことも、本当に好きになるんですよね。
自分のやりたいことをやっている時に、自分のことを認めてくれて、褒めてくれる友達がまわりにいる。「彩香のことを応援するよ」とか「こういうところすごいよね」って言ってくれる。だから、「自分がやりたいと思ったことをやること」は、一番大切かなと思っています。

profile

多田野 彩香 ただのあやか
1993年8月18日生まれ、千葉県出身。4歳から空手をはじめ、空手の強豪校として知られる日本体育大学柏高等学校から日本大学へ進学。大学4年で初のナショナルチーム入り。2019年11月時点で世界ランキング5位。2021年のアジア選手権を最後に引退。その後は、空手FITや空手教室などインストラクターとして活動する傍ら、新たなチャレンジを続けている。
instagram@ayakarate818instagramOSS!!あやか道場【多田野彩香】

staff

  • Photography : Lee Kanghyun
  • Text : Mayu Suzuki
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